次男の試験合格祈願に、マジェスティ125で天神様をはしごしてきた。

次男の国家試験の当日。とはいえ、自分には何もできるわけもなく、ただ祈るばかり。自分の両親もこうだったのかと、親不孝ぶりを今更反省。家で祈っていても仕方ないので、そうだ、学問の神様「菅原道真公」にお願いに行こうと思いつきました。そういえば、最近、バイクも乗れていなかったしちょうどいい機会だと、マジェスティ125を駆り出しました。

行先は京都。といえば当然のように「北野天満宮」と思うでしょ?いえいえ、一番にお参りに行ったのは「文子天満宮」です。
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大宰府に流されてそこで没した道真公。ある日、自分の乳母であった多治比文子の枕元に立ちました。「我を右近の馬場に祀れ」と伝えました。が、貧乏な文子にはその願いをかなえられず、心ならずも自宅に小さな祠を祭ったといい、これが天神信仰・北野天満宮の前身と言われているのです。

あ、そうそう、天神信仰そのものは道真公以前からあったもので、公の死後、天変地異が続き、それを恐れた人々が、天神さまとあがめるようになったことで、同じように勘違いされています。

ここから北へと向かうのですが、なぜか次々にゆかりのお宮さんがあるのです。すぐそばにあるのが「菅大臣神社」 ここはもと菅原家の邸や学問所があった場所で誕生の地とされています。「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 主なしとて春なわすれそ」と歌われ、大宰府まで飛んだとされる飛梅もこの地のものだとされています。
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次は「菅原院天満宮神社」ここも菅原家三代が住んだ菅原院があったとされ、没後、菩提を弔うため歓喜光寺という寺が建立された地とされる。
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そうそう、護王神社。「狛犬」ならぬ「駒猪」がいるから見に行かないと。いのしし年だしね。
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さて、次はいよいよ「北野天満宮」入学試験の時期とあって、大勢の受験生やご両親がお参りされていました。みんな頑張れ!
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管公の愛した梅が咲きだしており、カメラを持ってこなかったことを悔やみました。まぁ、アイフォンでも同じような出来なんだけどね。
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そうそう、境内で売っていた長五郎餅。久しぶりに買い求めました。美味しかったです。
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実は、北野天満宮に行く前に、もう一つ寄ったところがあったのです。「水火天満宮」です。京の町が雷や豪雨の被害で困っていた時に、鎮めるために法性坊尊意が祈祷を行ったところ、管公が岩の上に現れ、氾濫が治まり雷雨も止まったと言われる。管公が現れた岩は「登天石」と名付けられて残されています。
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そして、「吉祥院天満宮」この地は道真の曽祖父・土師古人が桓武天皇の平安遷都の時、賜った地だそう。道真の祖父の清公が菅原へと改姓された。清公は遣唐使として海上で嵐に遭遇しながらも吉祥天の加護のおかげで無事に帰国され、その死後、道真の父・菅原是善が邸内に吉祥天を祀ったのが由来とされる。道真公は845年(承和12年)にこの地でお生まれになられ、18歳過ごされた。
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おっと、夕方に娘の彼氏がやってくる日だったぞ。僕の一番の信仰の「長岡天満宮」は、また次回に寄って来ることにします。

それにしても、試験はどうだったのかなぁ。心配しても仕方ないけれど…心配です。

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