シルクロードの終着点・奈良の正倉院展へサイクリング
正倉院展の終了が近づいてきた。最後の土日となる今日、ルイガノTR1トライチ号を転がして、奈良まで行ってきた。先日の鳥獣戯画の反省も込めて、早めに動きたいと考えていた。展示を見るのには一時間半もあればいい。早く行くと昼からの時間が余ってしまう。せっかく奈良まで行くのだから、FB仲間のお店にも顔を出したい。ふだん、ゆっくりと話せることも少ないので、休憩時間をお聞きして合わせて伺うことにした。
ところが、例によって朝が目覚めない。そもそも、休日には目ざましはかけないのだ。気づくと七時。おまけに、昨夜のうちに出かける準備をしていなかった。まずい!「朝食は必ず食べて、新聞にも目を通す」のが僕のルール。結局、家を出たのは8時となってしまった。
少しでも早く走れればいいなと選んだ今日の相棒はトライチ。バーナーと珈琲を入れたバッグをぶら下げて、フロントバッグを付けて出発。トライチのタイヤは28幅に変えてあるので、僕のカタツムリ軍団の中では一番細くて最速のはず。「いつものように、京田辺まで出てそこから嵐山木津自転車道」と、思ったのだけれど、少しでも直線で行きたいので、JR学研都市線沿いに府道を行くことにした。川の蛇行の分だけ距離は短いのだ。何度も走っているのに木津あたりでコースに迷ったのだけれど、体が選んだ道どおり走ったら無事無駄なく走れた。下手な考え、休むに似たりか。
「奈良坂を行くよりも歌姫町経由が坂の勾配もやさしくていいだろう」とそのコース選択。大仏殿の屋根を望めないけれど、ひたすら南下、歌姫町から平城宮跡を通り、そこから東へと方向を変えて、法華寺を経て転害門から南へ、そこからしばらく行くと県庁前を東へと行くと、国立博物館に到着でした。
入り口に着くと、9寺15分。待ち時間45分の看板があったので、10時に入館できました。館内は人混みが多く、順路も定められていないので、大勢の人であふれています。
ゆっくり見たいのだけれど、大勢の人でそれは無理。そんなことはわかっているし、前の人との間隔は開けないように気を付けている。だが、そもそも館の係員の案内がなってない。これだけ混雑するのだから、順路を決めて前に進ませるべき。もちろんルーペでのぞく人もいるし、じっくり見たい人もいる。それは理解できるけれど、「順路は特に定めていないので空いたところから見てください」だの「混雑しているので後ろから見てください」だの混乱させること甚だしい。そもそも、あたかも順路が定められているかのようにできている流れをどうして乱すのか。また、後ろから見ろと言うが下半分は見えない。それなら展示位置をあげるとかの工夫も必要。
列のような流れに入っている僕は、後ろにひっつかれるのはせっつかれるようで嫌。わがままを言ってはいかんのだけれど、ひっつかれ押されて続けて、ついに文句を言ってしまった。一度は後ろ手にパンフレットを半分に畳んで持って、少しでも距離を開けさせようとしたし、「嫌なんだよ、ひっつかないで」と意思表示もしてみたけれど、友達らしい人とおしゃべりに夢中のおばさんは気づかず。困ったもんだ、というのはそんなことに気が行ってしまう自分に対しても。
なんやかんや言いながらも、無事に鑑賞終了。そもそも、正倉院というのは聖武天皇がお亡くなりになったときに、光明皇后が遺品を東大寺に供養のため納めたから。本来国庫にあるべき品がお寺の倉庫にあるのはそのせい。今回の目玉はちらしにも載せられている鳥毛立女屏風。
僕が気に入った一番は、古代の年賀状とも言える人勝人欠雑帖
珍しい四角の鏡の鳥獣花背方鏡
シルクロードの彼方からも同じようなものが見つかっている白瑠璃瓶、ってところかな。
他には伎楽面の崑崙の顔が面白かった。天狗様みたいかな。
武具が少ないのは正倉院に納められた後、藤原仲麻呂・恵美押勝の乱で持ち出され、戻らなかったため。ちょっと残念だけれど、天平文化の品々がこんなにきれいに残っていることがロマンです。
さてと、せっかく奈良にきたのだからもう少しゆっくり見たいのだけれど、旧交を暖める約束もしているので、そちらに向かいました。着いてみるとお店はきれい整理にされていて、入り口にあったのは、仏像の本。二週間で二十冊近く売れているのは奈良ではのことか。友情を確認しあい、いつかは十津川へサイクリングしようと話して、もう一つ、来週行われるBOOKEXPOでブースに立ち寄ってもらえるようにお願いして別れました。
ここで帰路に着くべく一度は針路を北に取ったのだけれど、気持ちが奈良に残っている。東大寺の大仏殿も見てないし、興福寺の五重の塔も何より奈良町の庚申さんにお参りしていない。というわけで、奈良へ戻ることにしました。十一面観音の特別開扉が行われている法華寺も気になったのだけれど、1000円は高いとばかり通過です。
実は、朝も走ったこの道、西大寺から奈良までは旧二条通りのようで東西を結ぶ道があります。西大寺から法華寺の前を通り、平城宮の北をかすめて、一条高校の北を通って、なんと転害門まで続くのです。途中で、ちょっと佐保川沿いの旧道に入ると、なんと般若寺への奈良坂につながるのです。四年間都が置かれた加茂の瓶原にある恭仁京へもつながっていたわけです。<
転害門から若草山ドライブウェイへと続く道から東大寺へと向かいます。紅葉がきれいです。
東大寺大仏殿に到着。大勢の外国人観光客も来られていて、奈良の都は匂うがごとくでした。
閻魔大王様に悪事を言いつけられないうちに(手遅れか?)庚申さんへ向かいます。おっと、春鹿酒造。利き酒がいいのか大勢の方で賑わっています。みなさん、呑みすぎ注意ですよ。自分のまずい経験がよみがえります。
営業しているのかとのぞいた古書店。畳の部屋も奥にあるのだけれど、本が散乱していてまるで我が家のよう。うーん、ちょっと入りにくいなぁ。
ようやく奈良町の中心地の元興寺極楽坊に到着。仏教伝来の地・明日香から移されてきたお寺で、奈良町のシンボルでもあります。外国人の方が僕の自転車をしげしげと見ていました。「乗りますか?」「本当ですか?」「どうぞ」と話が弾み、「珈琲でも」「いただきます」なんていうのは妄想の世界。英語が話せたらなぁ…。日本をもっと楽しんでもらえるのに。
ようやくにして庚申さんに到着です。いい季節とあって、このあたりも多くの観光客が訪ねています。誰も知らないようなところだったんだけど、いまやお店も増えて賑わっています。京都の三条通のよう。庚申の起源が掲示されていたので載せておきます。虫は猿が蚤取りをしているのが、自分たちも捕まえられると猿を恐れたと言うことです。
庚申さんにおまいりしていると、ルイガノ氏から着信。先日の曽爾高原サイクリングでパンクした自転車の空気が抜けてしまっていて、サイクルベースあさひに持って行ったとのこと。タイヤチューブのみならずタイヤも前後とも交換になり、6000円だったとか。ギアも減っている、ワイヤーも錆びている、とダメ出し続出。ぼちぼち買い換えかとぼやいていました。言ってくれれば見てやるのに、水くさい奴っちゃ。
そんな長電話をしていると、四時。ヤバいです。帰りが暗くなっちゃいそう。帰路につきます。と言いながら、日本一の大きさのお地蔵様があるという福地院さんを発見。ここには千躰地蔵もあるのでした。木造では日本一の大きさだそう。石造では木津川市の泉橋寺のお地蔵さんが日本一だそう。でも、鹿児島県射水市の八坂神社が一番とか…。大きさが功徳を決めるわけじゃないんだけど。
帰らなきゃ、帰らなきゃと思いながらも、猿沢の池。南円堂が池面にうつっていい感じです。と、気づくとなにやら外車の撮影中。本当は横に自転車を持っていって一緒に撮りたかったんだけれど、ちょっとあきらめてパチリ。そこのおばさん、邪魔なんだけど…あ、カメラマンか。失礼。ようやくのこと、五重塔まで到着です。奈良町から遠いこと遠いこと。見たいものがいっぱいあって…
急いで再び、平城宮へと向かい、歌姫街道で帰ります。ここは交差点の真ん中にお地蔵様がおられます。道祖神的な役割を果たしていたのか、村に悪霊が入らないためかな?そこに迷わず進入していくのですが…
歌姫町のお社。添座神社です。カップルがいらっしゃっていたので、早々に退散しました。
歌姫町から木津を抜けて府道を走ります。ところが、片側一車線のこの道でハプニング発生。京田辺付近で車が明らかに幅寄せしてくるのです。ハンドルの二センチ横にドアが来て驚いて、側壁にぶつかりそうでした。たぶん、抜かしても抜かしても、渋滞の横をすり抜けていく自転車に頭に来たのだろうと思うのですが、結局同じような速度で走っているわけです。無理して抜かす必要はないのだよ。今度は同じ車が後ろからクラクション。ふん、気にしない気にしない。内心は煮えくり返っているけれど…。古いセレナだったなぁ、次回は殴られるかも。
そんなこんなで、いろいろあった正倉院展。持って行った珈琲は作れなかったし、気分が悪いことも二つばかりあったけれど、何とか夜の帳が降りる前には帰宅できました。本日の走行時間5時間ほど。走行距離は60キロでした。
奈良の町を散歩するとき、ポッケに入る小さなガイドが新しくなりました。もう一冊、堀辰雄の文庫本なんかと一緒に、奈良を楽しむのに最適です。

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ところが、例によって朝が目覚めない。そもそも、休日には目ざましはかけないのだ。気づくと七時。おまけに、昨夜のうちに出かける準備をしていなかった。まずい!「朝食は必ず食べて、新聞にも目を通す」のが僕のルール。結局、家を出たのは8時となってしまった。
少しでも早く走れればいいなと選んだ今日の相棒はトライチ。バーナーと珈琲を入れたバッグをぶら下げて、フロントバッグを付けて出発。トライチのタイヤは28幅に変えてあるので、僕のカタツムリ軍団の中では一番細くて最速のはず。「いつものように、京田辺まで出てそこから嵐山木津自転車道」と、思ったのだけれど、少しでも直線で行きたいので、JR学研都市線沿いに府道を行くことにした。川の蛇行の分だけ距離は短いのだ。何度も走っているのに木津あたりでコースに迷ったのだけれど、体が選んだ道どおり走ったら無事無駄なく走れた。下手な考え、休むに似たりか。
「奈良坂を行くよりも歌姫町経由が坂の勾配もやさしくていいだろう」とそのコース選択。大仏殿の屋根を望めないけれど、ひたすら南下、歌姫町から平城宮跡を通り、そこから東へと方向を変えて、法華寺を経て転害門から南へ、そこからしばらく行くと県庁前を東へと行くと、国立博物館に到着でした。
入り口に着くと、9寺15分。待ち時間45分の看板があったので、10時に入館できました。館内は人混みが多く、順路も定められていないので、大勢の人であふれています。
ゆっくり見たいのだけれど、大勢の人でそれは無理。そんなことはわかっているし、前の人との間隔は開けないように気を付けている。だが、そもそも館の係員の案内がなってない。これだけ混雑するのだから、順路を決めて前に進ませるべき。もちろんルーペでのぞく人もいるし、じっくり見たい人もいる。それは理解できるけれど、「順路は特に定めていないので空いたところから見てください」だの「混雑しているので後ろから見てください」だの混乱させること甚だしい。そもそも、あたかも順路が定められているかのようにできている流れをどうして乱すのか。また、後ろから見ろと言うが下半分は見えない。それなら展示位置をあげるとかの工夫も必要。
列のような流れに入っている僕は、後ろにひっつかれるのはせっつかれるようで嫌。わがままを言ってはいかんのだけれど、ひっつかれ押されて続けて、ついに文句を言ってしまった。一度は後ろ手にパンフレットを半分に畳んで持って、少しでも距離を開けさせようとしたし、「嫌なんだよ、ひっつかないで」と意思表示もしてみたけれど、友達らしい人とおしゃべりに夢中のおばさんは気づかず。困ったもんだ、というのはそんなことに気が行ってしまう自分に対しても。
なんやかんや言いながらも、無事に鑑賞終了。そもそも、正倉院というのは聖武天皇がお亡くなりになったときに、光明皇后が遺品を東大寺に供養のため納めたから。本来国庫にあるべき品がお寺の倉庫にあるのはそのせい。今回の目玉はちらしにも載せられている鳥毛立女屏風。
僕が気に入った一番は、古代の年賀状とも言える人勝人欠雑帖
珍しい四角の鏡の鳥獣花背方鏡
シルクロードの彼方からも同じようなものが見つかっている白瑠璃瓶、ってところかな。
他には伎楽面の崑崙の顔が面白かった。天狗様みたいかな。
武具が少ないのは正倉院に納められた後、藤原仲麻呂・恵美押勝の乱で持ち出され、戻らなかったため。ちょっと残念だけれど、天平文化の品々がこんなにきれいに残っていることがロマンです。
さてと、せっかく奈良にきたのだからもう少しゆっくり見たいのだけれど、旧交を暖める約束もしているので、そちらに向かいました。着いてみるとお店はきれい整理にされていて、入り口にあったのは、仏像の本。二週間で二十冊近く売れているのは奈良ではのことか。友情を確認しあい、いつかは十津川へサイクリングしようと話して、もう一つ、来週行われるBOOKEXPOでブースに立ち寄ってもらえるようにお願いして別れました。
ここで帰路に着くべく一度は針路を北に取ったのだけれど、気持ちが奈良に残っている。東大寺の大仏殿も見てないし、興福寺の五重の塔も何より奈良町の庚申さんにお参りしていない。というわけで、奈良へ戻ることにしました。十一面観音の特別開扉が行われている法華寺も気になったのだけれど、1000円は高いとばかり通過です。
実は、朝も走ったこの道、西大寺から奈良までは旧二条通りのようで東西を結ぶ道があります。西大寺から法華寺の前を通り、平城宮の北をかすめて、一条高校の北を通って、なんと転害門まで続くのです。途中で、ちょっと佐保川沿いの旧道に入ると、なんと般若寺への奈良坂につながるのです。四年間都が置かれた加茂の瓶原にある恭仁京へもつながっていたわけです。<
転害門から若草山ドライブウェイへと続く道から東大寺へと向かいます。紅葉がきれいです。
東大寺大仏殿に到着。大勢の外国人観光客も来られていて、奈良の都は匂うがごとくでした。
閻魔大王様に悪事を言いつけられないうちに(手遅れか?)庚申さんへ向かいます。おっと、春鹿酒造。利き酒がいいのか大勢の方で賑わっています。みなさん、呑みすぎ注意ですよ。自分のまずい経験がよみがえります。
営業しているのかとのぞいた古書店。畳の部屋も奥にあるのだけれど、本が散乱していてまるで我が家のよう。うーん、ちょっと入りにくいなぁ。
ようやく奈良町の中心地の元興寺極楽坊に到着。仏教伝来の地・明日香から移されてきたお寺で、奈良町のシンボルでもあります。外国人の方が僕の自転車をしげしげと見ていました。「乗りますか?」「本当ですか?」「どうぞ」と話が弾み、「珈琲でも」「いただきます」なんていうのは妄想の世界。英語が話せたらなぁ…。日本をもっと楽しんでもらえるのに。
ようやくにして庚申さんに到着です。いい季節とあって、このあたりも多くの観光客が訪ねています。誰も知らないようなところだったんだけど、いまやお店も増えて賑わっています。京都の三条通のよう。庚申の起源が掲示されていたので載せておきます。虫は猿が蚤取りをしているのが、自分たちも捕まえられると猿を恐れたと言うことです。
庚申さんにおまいりしていると、ルイガノ氏から着信。先日の曽爾高原サイクリングでパンクした自転車の空気が抜けてしまっていて、サイクルベースあさひに持って行ったとのこと。タイヤチューブのみならずタイヤも前後とも交換になり、6000円だったとか。ギアも減っている、ワイヤーも錆びている、とダメ出し続出。ぼちぼち買い換えかとぼやいていました。言ってくれれば見てやるのに、水くさい奴っちゃ。
そんな長電話をしていると、四時。ヤバいです。帰りが暗くなっちゃいそう。帰路につきます。と言いながら、日本一の大きさのお地蔵様があるという福地院さんを発見。ここには千躰地蔵もあるのでした。木造では日本一の大きさだそう。石造では木津川市の泉橋寺のお地蔵さんが日本一だそう。でも、鹿児島県射水市の八坂神社が一番とか…。大きさが功徳を決めるわけじゃないんだけど。
帰らなきゃ、帰らなきゃと思いながらも、猿沢の池。南円堂が池面にうつっていい感じです。と、気づくとなにやら外車の撮影中。本当は横に自転車を持っていって一緒に撮りたかったんだけれど、ちょっとあきらめてパチリ。そこのおばさん、邪魔なんだけど…あ、カメラマンか。失礼。ようやくのこと、五重塔まで到着です。奈良町から遠いこと遠いこと。見たいものがいっぱいあって…
急いで再び、平城宮へと向かい、歌姫街道で帰ります。ここは交差点の真ん中にお地蔵様がおられます。道祖神的な役割を果たしていたのか、村に悪霊が入らないためかな?そこに迷わず進入していくのですが…
歌姫町のお社。添座神社です。カップルがいらっしゃっていたので、早々に退散しました。
歌姫町から木津を抜けて府道を走ります。ところが、片側一車線のこの道でハプニング発生。京田辺付近で車が明らかに幅寄せしてくるのです。ハンドルの二センチ横にドアが来て驚いて、側壁にぶつかりそうでした。たぶん、抜かしても抜かしても、渋滞の横をすり抜けていく自転車に頭に来たのだろうと思うのですが、結局同じような速度で走っているわけです。無理して抜かす必要はないのだよ。今度は同じ車が後ろからクラクション。ふん、気にしない気にしない。内心は煮えくり返っているけれど…。古いセレナだったなぁ、次回は殴られるかも。
そんなこんなで、いろいろあった正倉院展。持って行った珈琲は作れなかったし、気分が悪いことも二つばかりあったけれど、何とか夜の帳が降りる前には帰宅できました。本日の走行時間5時間ほど。走行距離は60キロでした。
奈良の町を散歩するとき、ポッケに入る小さなガイドが新しくなりました。もう一冊、堀辰雄の文庫本なんかと一緒に、奈良を楽しむのに最適です。
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