僕の大人の夏休み 2009 白川郷輪行の旅 前編
一年近く、思い続けた白川郷への輪行がついにかなうことになりました。
5月末に、「ちょっとトレーニング」のつもりだった丹後半島一周中、事故。
3ケ月ほどの療養、(一説には謹慎期間?)を経て、
夏休みの最終の週末に決行予定だったのですが、
残念ながら、天気が悪くて一週間延期しました。
そうそう、夏休みといえば、「青春18切符」の時期。
これを使わない手はないと、こちらも購入して準備万端です。
仕事などで二日分は使用しましたが、「大人の夏休み用」に三日分確保しています。
「18切符」は5日分で11500円で、JR各駅停車、快速が乗り放題です。
特急などの優良列車は乗れませんのでご注意を。
この輪行二日分と予備日用って感じです。
今回の予定は、一泊二日。
行きたいところは、世界遺産・白川郷と大好きな飛騨高山。
毎日毎日、JTBの時刻表とパソコン相手にルートの選定をしていました。
病み上がりとあって、多少体調が不安だったりするのですが、
それでも夢は捨てられず、おまけに18切符の使用期限は9月10日まで。
今度こそは、「行くぞ!」と気持ちばかり先行して高揚しているわけです。
さて、その一日目の話です。
まず、自宅で、出発の朝、起きると信じられないことに雨!
でも「行けるところまでいってみよう」と顔を洗って4:30出発。
駅について大ショック。スタンドをを外すのを忘れてしまいました。
まだ、時間に余裕はある、戻って外してくるかと迷ったのですが
また雨の中を戻る気にはなれず、そのまま強行しました。
まだ開かない駅のシャッターの前で、自転車をばらします。
仕事に行かれる方が、こんなに朝早くから数人おられ、
興味深そうに(あきれ果てた顔で?)見ておられます。
ちょっと気恥ずかしいのですが、、そんなことを言っているわけにいきません。
約20分ほどかけて、分解収納終了です。
シャッターが開き、プリペイドカードを買って乗り込みます。
の始発電車なのでさすがにガラガラです。
いつの間にか眠っていて、「丹波橋」と聞こえた気がして飛び起きました。
本当に丹波橋!慌てて降りました。危ない危ない。
遅れたら取り返しがつかないところでした。近鉄に乗り換えです。
丹波橋駅の乗り換えの陸橋が長くて、ちょっとつらいところです。
エスカレーターもエレベーターも使わず、階段で運びました。
まだ、元気だからね!
近鉄電車は立客も多く、少々大きな荷物が気になりました。
京都駅でJR長浜行きに乗り換え。
ここも距離が長く、段差は少ないもののちょっとつらいところです。
輪行の乗り換えは、駅の構造も考えないといけませんね。
米原で乗り換えの7:28の快速金山行は、
始発なので自転車も積み込み座ることもできたのですが、
垂井から通勤通学客が増えて立ち客もいっぱいになりました。
大垣でかなり降りましたがそれでも席は満席状態。
まぁ8時なのでいちばん混む時間ですよね。
スタンドが飛び出しているのが気になっています。
始発駅からでないと乗り込むのはむつかしかったです。
岐阜で高山本線乗り換えです。8:31美濃大田行です。
おっとここはキハがやってきました。高山線は非電化なのでした。
国鉄色ならもっと嬉しかったなぁ。キハ48でした。
ここで、輪行仲間を発見!高山へ行くのかなぁ。
美濃太田では「長良川鉄道」 に乗り換えです。
長良川鉄道というのは愛知県に河口を持つ長良川に沿うように敷かれた鉄道で、
以前は越美南線と言われていた全線非電化、単線の鉄道です。
もともとは、越美という名前が示すように、北陸本線のバイパスとして
越後と美濃を結ぶ鉄道として計画され、北側と南側から建設がすすめられて、
北線が九頭竜湖まで、南線が北濃まで工事は進んだのですが、
国鉄廃線で、南線は第三セクター化されその名を長良川鉄道と変えて存続されたものです。
北側の越美北線は、途中に越前大野などの中規模都市があるからか、
乗降客も一定数確保されたことからそのままJR路線として存続されています。
もともとはつなげることになっていた話も、民営化された時点で断念、
現在は赤字ながら、自治体の支援でなんとか存続されているという状況です。
一時、名鉄美濃町線という狭軌路線と美濃市でつなぐ話もあったのですが、
結局挫折。美濃町線も廃線となってしまいました。(残念!)
途中には郡上八幡という水のきれいな京都を思わせるような町があります。
お城も残されており、町のシンボルともなっています。
水のきれいな町としても有名で、
天然記念物の「いとよ」の生息することでも知られています。
宗祇水というおいしい水は茶人たちの中でも有名です。
また、ひなびた朝市が開かれることや郡上踊りでもよく知られています。
長良川鉄道ではほかにも、刃物で有名な関や
温泉が掘り当てられた子宝温泉など
観光スポットがいくつもあり、
長良川に沿ってポタリング気分でちゃりんこを走らせるのもいい感じです。
南子宝温泉では、長良川鉄道の利用者に、
入湯税50円だけで入れるサービスを行っているそうです。
時間の余裕が無くて寄ることができません…残念無念!
また、長良川鉄道では自転車のイベントも行われており、
サイクルトレインのツアーなども行っているようです。
早速切符を買って乗ってみることにします。
長良川鉄道は駅の数が増えて38もあり、乗客の利便を図っていますが、
それゆえに遅い。
美濃太田から北濃まで二時間もかかるのです。
鉄ちゃんの僕から見ると、コストパフォーマスは最高です。
(あっという間の早すぎる新幹線は最低になるわけです)
美濃太田の長良川鉄道の駅で乗ってきたJRのホームで
”松茸弁当”を販売しているのを見つけて買ってきました。
ちょうど若い男の子と女の子も買っていました。
買いに行ったとき、店主不在で五分ほど戻られませんでした。
のんびりさが田舎だなぁ。
長良川鉄道は、昔の国鉄駅のままの駅舎も多く使われており
ホームや駅舎、跨線橋など、どこも被写体にはばっちりです。
特に美濃市の駅はレトロな感じでなかなか素敵でした。
待合室も地下道もいい感じ。長良川鉄道の撮影会もいいなぁ。
思ったよりも大勢の方が乗っておられます。
でも朝が四時起きと早かったので、腹ぺこでお弁当を食べたいよぉ。
やっと、郡上八幡でかなり降りられたので、列車の中で駅弁を食べました。
時間に余裕があるわけではないので、時間稼ぎにもなります。
食べて、しばらく走ると美濃白鳥駅。
なんか、同乗のアベックがカメラを持って運転席のほうへ行きます。
「何かあるのかなぁ」なんて見ていると、おっとタブレット交換です。
美濃白鳥から先はタブレット運行なのだそうです。
ちなみに、タブレットと言うのは、単線区間で
一車両しか通れないように確認するための列車用の切符のようなものです。
大型の丸い穴の開いた金属の板で、その形もろいろあります。
遅まきながら、僕も写真を撮ってきました。
皮のケースに入っていて、ひものような大きな輪は
列車が通過する場合などに、駅のホームのアームにかけたり
受け取ったりするために役立つものです。
北濃着。まずは、転車台の見学。
転車台というのは蒸気機関車などの向きを180度変えるためのもので
北濃駅のものは実際に稼動するものなのだそうです。
自転車を組み立てて、北濃の駅の安倍麻美さんの番組の花を撮って、
いよいよここから、自転車で本当のスタートです。
北濃発は12:00。自転車に乗って出発です。
先ほどのアベック二人にエールを送られて、走り出します。
まずは、ひるがの高原までひたすら上り坂です。
走り出してしばらくこそは平坦だったのですが、
やがて、上り坂になりその後はひたすら上を目指すような感じです。
約15キロほどと距離があるので、勾配自体は予想よりは緩やかですが、
15キロは僕にとっては”延々”です。
おまけに雨が降り出しました。
今さら、戻るわけにはいかず、濡れてはいけないものをビニールで包み進行。
上って、上ってまた上る…そんな繰り返しで、白山神社横を通過。
そこを上ると、「分水嶺公園」の標識を発見。
いよいよ分水嶺です。自転車に簡易型の小型三脚を取り付けて記念撮影。
標高は870m。400mほど、上ってきた計算です。
さて、先へと進むことにします。
その後は、小雨の中での走行となりました。
ほぼ、アップダウンを重ねながらも、ほぼ平坦な道です。
やがて、牧戸。ここで分かれていく158号線を右手に見ながら左へ進みます。
左手に荘川を見ながら北上。川幅がだんだんと広がってきます。
御母衣ダム湖です。御母衣ダムは世界有数のロックフィルダムです。
ダムに行くまでの間に、湖の中ほどで「荘川桜」を発見。
ここは桜守がダムに沈む桜を移植したことで知られています。
またしばらく行くと、保木トンネルです。
トンネルの中は、薄暗く、おまけに歩道はなし。
後続する車に発見されないと撥ね飛ばされそうです。
トンネルの電灯が暗い上に、車のライトがまぶしくて全然前が見えません。
こんなにトンネルが怖いとは…。
一応、テールライトを点滅させてはいますが、
見えているのかどうかは不明です。
トンネルを抜けると、しばらくで御母衣ダムです。
ダムをよく見たくて、一番水際の道を進んだのですが、工事で行き止まり。
戻って、またトンネルの走行です。
御母衣ダムからはしばらく下りが続きます。
遠山家民俗館というのがあるのですが、表からちょっと見ただけで通過。
先を急ぎます。
雨がまたきつくなってきたところで、道の駅・飛騨白山に到着。
ここには足湯があり、しばし雨を避けながら休憩。
雨がきつくても、ここでやめるわけにはいかず、躊躇しながら出発。
何か食べたいとも思ったのですが、売店にはあまり食べたいものがなく、
諦めて走り出しました。しばらく行くと雨は小降りになってきました。
また、荘川の幅が広がってきたなと思うと、今度は鳩谷ダムです。
ここを下ると、いよいよ白川郷です。
右手の旧道に入っていくと、合掌造りの家々が見えてきました。
感動の一瞬でした。
白川郷というのは、手を合わせたような合掌造りの民家が残されている
岐阜県北部、富山県の間の村です。
1935年ドイツ人の建築家ブルーノタウトはこの地を訪ねたとき、
「この風景は日本ではない。これはスイスか、さもなければスイスの幻想だ」と
その著書「日本美の再発見」で書き記しています。
1995年には、「白川郷・五箇山の合掌造り」が世界遺産に指定されました。
かつては陸の孤島だった白川郷ですが、
今では岐阜から富山まで東海北陸自動車道ができて、
バスも車も連なって来るようになり、大勢の観光客が訪れるようになりました。
道を下っていき、白川郷観光案内所に到着。
案内所で、展望台への道を聞き、自転車で登って行きます。
結構な勾配の道でしたが、なんとか降りずに登りきりました。
「ついにやってきたなぁ。」 展望台で、自転車も入れて撮影。
展望台から降りて、村内で自転車を転がします。
案内所では、「ここまで来たなら五箇山まで行ってきたらどうや?
ほぼ下りだしもう少しや」 いやぁよくわかってはいるのですよ。
でも、今日の泊まりは高山。ましてこんな時間。今からじゃ真っ暗です。
でも、五箇山も良さそうだなぁ。今度は撮影旅行ということで
自転車を車に積んで走ってくることにしましょう。
平日なのでか、人は思ったほど多くはなくて、いい感じです。
でも、お土産屋もどこも閉店、もしくは閉店作業中でちょっと残念。
どこも花で溢れていて、どこもかしこも撮影ポイントです。
もうちょっと早く着けばよかったのに…。
でも、撮影中ににわか雨が降り出しました。
それもたいそうな降り具合です。
仕方なく、観光案内所で雨宿り。自転車も一緒に雨宿りです。
小一時間も待つうちに、やっと雨は上がったのですが、
今度は寒くてたまりません。
一日、雨に打たれながら走ってきたので
すっかり体が冷えてきたのでしょう。
「これはやばい」と最近できたらしい温泉に入りました。
大人700円でした。ゆっくり浸かって温まり、ちょっと休憩。
外へ出ると、雨は止んでいました。
もう少し、撮影をしてみたのですが、あまりに暗すぎてだめ。
うーむ、温泉に浸かりすぎたかな。
そうこうしているうちに、19時になっていました。
高山へは19:42のバスで行くので、
荻町のバス停前で自販機の明かりをあてにして、自転車をばらしていきます。
なんとか、終了して、バスを待っているとやってきました。
でも、ちょっと大きなマイクロバス程度の大きさです。
トランクもなく、どこに入れるんだ?って感じです。
運転手に相談すると、そのまま車内に持って入って大丈夫ですとのこと。
「えー、だってどなたか乗ってくると…」という僕に
「多分、誰も乗らないと思いますから」とのこと。
大丈夫かなァなんて心配しながら無理やり積み込みました。
自転車は、通路幅一杯で本当に誰も通れません。
運転手に話を聞くと、予約制のバスは大型でトランクもあるのだが
このバスは、普通の路線バスで、
もっぱら高山高校からの帰りの高校生を送ってくるものなのだそうです。
白川郷まで来る時には高校生が乗っているのですが、
帰りはいつも空車のままで帰るのだそうです。
それでも、高校生の通学路を確保するために、白川村から補助が出ており
白川郷の村内を走って子供たちの足となっているのだそうです。
案の定、高山へ着くまで乗客は一人もありませんでした。
というか、ひたすらトンネルを走るので、
バス停さえ白川郷と高山市内以外はほとんどありません。
トンネルが、延々と続き、次に出たときには高山でした。
飛騨の国はかつてはお隣の国府に官がが設けられていました。
飛騨の国は代々京極氏が守護を勤め、そののち守護代の三木氏が治める形となる。
その後、安土桃山時代、金森長近が入国、政を行いました。
町造りも行い、寺町や今に残る古い町並みの三町あたりは金森家の遺産です。
金森氏の改易後は天領となり、代官所が設けられ政治の中心となりました。
飛騨は山ばかりで農作物が乏しく、民衆の生活は豊かではなく、
たびたび一揆が起こりました。いくつもの悲話が今に伝えられています。
寂れていた町も、アンノン族が流行った頃に見直され、
町並みも整えられて小京都として人気のスポットとなっています。
春と秋の高山祭りのときは大勢の人で賑わいます。
さてその高山に着きました。バス料金は2400円。
駅前で自転車を組み立ててホテルに向かいました。
ところが、場所がわからない。携帯で地図を出してよーく見るとすぐそこ。
急な坂を、少し登ったところに高山パークシテイホテルがありました。
ホテルに入ってほっと一息して、
高山ラーメンの”豆天狗”へ行こうと思ったのですが、場所がわからん。
ホテルにあった”るるぶ情報版”を見て探しました。
ところが。7時で閉店。しかたなく、載っていた「桔梗屋」へ行きました。
おいしかったかって?もちろん!だって腹ぺこですもん。
大盛りにしてすっかり満腹。
その、「桔梗屋」ではちょっとハプニングがありました。
店に置いてある”るるぶ”を読みながら、明日のルートを見直しました。
ついでに「高山土産は…お、真っ黒なさるぼぼがある。買わなくっちゃ」などと。
ところがちょっとトイレに立った隙に、別のカウンターの客に取られていました。
おいおい、見るならあっちから自分で持って来いよ。
読みかけだったので、よく事情を話して返してもらいました。
なにせこちらはクタクタで心の余裕がないのです。ご容赦ご容赦。
その後、ちょっと町中をうろうろっとしてホテルに戻りました。
ホテルで風呂に入ろうとしたのですが、先客があって入れず。
しばらく待ってもう一度、見に行ったのですが、やはり駄目。
「まぁ白川郷で温泉に入ってきたからいいか…」とあきらめました。
ベットに寝転がるとバタンすやすや、一瞬で寝てしまいました。
後編に続きます。ぜひ、見てください。↓
http://akio-mtmt.at.webry.info/200909/article_15.html
5月末に、「ちょっとトレーニング」のつもりだった丹後半島一周中、事故。
3ケ月ほどの療養、(一説には謹慎期間?)を経て、
夏休みの最終の週末に決行予定だったのですが、
残念ながら、天気が悪くて一週間延期しました。
そうそう、夏休みといえば、「青春18切符」の時期。
これを使わない手はないと、こちらも購入して準備万端です。
仕事などで二日分は使用しましたが、「大人の夏休み用」に三日分確保しています。
「18切符」は5日分で11500円で、JR各駅停車、快速が乗り放題です。
特急などの優良列車は乗れませんのでご注意を。
この輪行二日分と予備日用って感じです。
今回の予定は、一泊二日。
行きたいところは、世界遺産・白川郷と大好きな飛騨高山。
毎日毎日、JTBの時刻表とパソコン相手にルートの選定をしていました。
病み上がりとあって、多少体調が不安だったりするのですが、
それでも夢は捨てられず、おまけに18切符の使用期限は9月10日まで。
今度こそは、「行くぞ!」と気持ちばかり先行して高揚しているわけです。
さて、その一日目の話です。
まず、自宅で、出発の朝、起きると信じられないことに雨!
でも「行けるところまでいってみよう」と顔を洗って4:30出発。
駅について大ショック。スタンドをを外すのを忘れてしまいました。
まだ、時間に余裕はある、戻って外してくるかと迷ったのですが
また雨の中を戻る気にはなれず、そのまま強行しました。
まだ開かない駅のシャッターの前で、自転車をばらします。
仕事に行かれる方が、こんなに朝早くから数人おられ、
興味深そうに(あきれ果てた顔で?)見ておられます。
ちょっと気恥ずかしいのですが、、そんなことを言っているわけにいきません。
約20分ほどかけて、分解収納終了です。
シャッターが開き、プリペイドカードを買って乗り込みます。
の始発電車なのでさすがにガラガラです。
いつの間にか眠っていて、「丹波橋」と聞こえた気がして飛び起きました。
本当に丹波橋!慌てて降りました。危ない危ない。
遅れたら取り返しがつかないところでした。近鉄に乗り換えです。
丹波橋駅の乗り換えの陸橋が長くて、ちょっとつらいところです。
エスカレーターもエレベーターも使わず、階段で運びました。
まだ、元気だからね!
近鉄電車は立客も多く、少々大きな荷物が気になりました。
京都駅でJR長浜行きに乗り換え。
ここも距離が長く、段差は少ないもののちょっとつらいところです。
輪行の乗り換えは、駅の構造も考えないといけませんね。
米原で乗り換えの7:28の快速金山行は、
始発なので自転車も積み込み座ることもできたのですが、
垂井から通勤通学客が増えて立ち客もいっぱいになりました。
大垣でかなり降りましたがそれでも席は満席状態。
まぁ8時なのでいちばん混む時間ですよね。
スタンドが飛び出しているのが気になっています。
始発駅からでないと乗り込むのはむつかしかったです。
岐阜で高山本線乗り換えです。8:31美濃大田行です。
おっとここはキハがやってきました。高山線は非電化なのでした。
国鉄色ならもっと嬉しかったなぁ。キハ48でした。
ここで、輪行仲間を発見!高山へ行くのかなぁ。
美濃太田では「長良川鉄道」 に乗り換えです。
長良川鉄道というのは愛知県に河口を持つ長良川に沿うように敷かれた鉄道で、
以前は越美南線と言われていた全線非電化、単線の鉄道です。
もともとは、越美という名前が示すように、北陸本線のバイパスとして
越後と美濃を結ぶ鉄道として計画され、北側と南側から建設がすすめられて、
北線が九頭竜湖まで、南線が北濃まで工事は進んだのですが、
国鉄廃線で、南線は第三セクター化されその名を長良川鉄道と変えて存続されたものです。
北側の越美北線は、途中に越前大野などの中規模都市があるからか、
乗降客も一定数確保されたことからそのままJR路線として存続されています。
もともとはつなげることになっていた話も、民営化された時点で断念、
現在は赤字ながら、自治体の支援でなんとか存続されているという状況です。
一時、名鉄美濃町線という狭軌路線と美濃市でつなぐ話もあったのですが、
結局挫折。美濃町線も廃線となってしまいました。(残念!)
途中には郡上八幡という水のきれいな京都を思わせるような町があります。
お城も残されており、町のシンボルともなっています。
水のきれいな町としても有名で、
天然記念物の「いとよ」の生息することでも知られています。
宗祇水というおいしい水は茶人たちの中でも有名です。
また、ひなびた朝市が開かれることや郡上踊りでもよく知られています。
長良川鉄道ではほかにも、刃物で有名な関や
温泉が掘り当てられた子宝温泉など
観光スポットがいくつもあり、
長良川に沿ってポタリング気分でちゃりんこを走らせるのもいい感じです。
南子宝温泉では、長良川鉄道の利用者に、
入湯税50円だけで入れるサービスを行っているそうです。
時間の余裕が無くて寄ることができません…残念無念!
また、長良川鉄道では自転車のイベントも行われており、
サイクルトレインのツアーなども行っているようです。
早速切符を買って乗ってみることにします。
長良川鉄道は駅の数が増えて38もあり、乗客の利便を図っていますが、
それゆえに遅い。
美濃太田から北濃まで二時間もかかるのです。
鉄ちゃんの僕から見ると、コストパフォーマスは最高です。
(あっという間の早すぎる新幹線は最低になるわけです)
美濃太田の長良川鉄道の駅で乗ってきたJRのホームで
”松茸弁当”を販売しているのを見つけて買ってきました。
ちょうど若い男の子と女の子も買っていました。
買いに行ったとき、店主不在で五分ほど戻られませんでした。
のんびりさが田舎だなぁ。
長良川鉄道は、昔の国鉄駅のままの駅舎も多く使われており
ホームや駅舎、跨線橋など、どこも被写体にはばっちりです。
特に美濃市の駅はレトロな感じでなかなか素敵でした。
待合室も地下道もいい感じ。長良川鉄道の撮影会もいいなぁ。
思ったよりも大勢の方が乗っておられます。
でも朝が四時起きと早かったので、腹ぺこでお弁当を食べたいよぉ。
やっと、郡上八幡でかなり降りられたので、列車の中で駅弁を食べました。
時間に余裕があるわけではないので、時間稼ぎにもなります。
食べて、しばらく走ると美濃白鳥駅。
なんか、同乗のアベックがカメラを持って運転席のほうへ行きます。
「何かあるのかなぁ」なんて見ていると、おっとタブレット交換です。
美濃白鳥から先はタブレット運行なのだそうです。
ちなみに、タブレットと言うのは、単線区間で
一車両しか通れないように確認するための列車用の切符のようなものです。
大型の丸い穴の開いた金属の板で、その形もろいろあります。
遅まきながら、僕も写真を撮ってきました。
皮のケースに入っていて、ひものような大きな輪は
列車が通過する場合などに、駅のホームのアームにかけたり
受け取ったりするために役立つものです。
北濃着。まずは、転車台の見学。
転車台というのは蒸気機関車などの向きを180度変えるためのもので
北濃駅のものは実際に稼動するものなのだそうです。
自転車を組み立てて、北濃の駅の安倍麻美さんの番組の花を撮って、
いよいよここから、自転車で本当のスタートです。
北濃発は12:00。自転車に乗って出発です。
先ほどのアベック二人にエールを送られて、走り出します。
まずは、ひるがの高原までひたすら上り坂です。
走り出してしばらくこそは平坦だったのですが、
やがて、上り坂になりその後はひたすら上を目指すような感じです。
約15キロほどと距離があるので、勾配自体は予想よりは緩やかですが、
15キロは僕にとっては”延々”です。
おまけに雨が降り出しました。
今さら、戻るわけにはいかず、濡れてはいけないものをビニールで包み進行。
上って、上ってまた上る…そんな繰り返しで、白山神社横を通過。
そこを上ると、「分水嶺公園」の標識を発見。
いよいよ分水嶺です。自転車に簡易型の小型三脚を取り付けて記念撮影。
標高は870m。400mほど、上ってきた計算です。
さて、先へと進むことにします。
その後は、小雨の中での走行となりました。
ほぼ、アップダウンを重ねながらも、ほぼ平坦な道です。
やがて、牧戸。ここで分かれていく158号線を右手に見ながら左へ進みます。
左手に荘川を見ながら北上。川幅がだんだんと広がってきます。
御母衣ダム湖です。御母衣ダムは世界有数のロックフィルダムです。
ダムに行くまでの間に、湖の中ほどで「荘川桜」を発見。
ここは桜守がダムに沈む桜を移植したことで知られています。
またしばらく行くと、保木トンネルです。
トンネルの中は、薄暗く、おまけに歩道はなし。
後続する車に発見されないと撥ね飛ばされそうです。
トンネルの電灯が暗い上に、車のライトがまぶしくて全然前が見えません。
こんなにトンネルが怖いとは…。
一応、テールライトを点滅させてはいますが、
見えているのかどうかは不明です。
トンネルを抜けると、しばらくで御母衣ダムです。
ダムをよく見たくて、一番水際の道を進んだのですが、工事で行き止まり。
戻って、またトンネルの走行です。
御母衣ダムからはしばらく下りが続きます。
遠山家民俗館というのがあるのですが、表からちょっと見ただけで通過。
先を急ぎます。
雨がまたきつくなってきたところで、道の駅・飛騨白山に到着。
ここには足湯があり、しばし雨を避けながら休憩。
雨がきつくても、ここでやめるわけにはいかず、躊躇しながら出発。
何か食べたいとも思ったのですが、売店にはあまり食べたいものがなく、
諦めて走り出しました。しばらく行くと雨は小降りになってきました。
また、荘川の幅が広がってきたなと思うと、今度は鳩谷ダムです。
ここを下ると、いよいよ白川郷です。
右手の旧道に入っていくと、合掌造りの家々が見えてきました。
感動の一瞬でした。
白川郷というのは、手を合わせたような合掌造りの民家が残されている
岐阜県北部、富山県の間の村です。
1935年ドイツ人の建築家ブルーノタウトはこの地を訪ねたとき、
「この風景は日本ではない。これはスイスか、さもなければスイスの幻想だ」と
その著書「日本美の再発見」で書き記しています。
1995年には、「白川郷・五箇山の合掌造り」が世界遺産に指定されました。
かつては陸の孤島だった白川郷ですが、
今では岐阜から富山まで東海北陸自動車道ができて、
バスも車も連なって来るようになり、大勢の観光客が訪れるようになりました。
道を下っていき、白川郷観光案内所に到着。
案内所で、展望台への道を聞き、自転車で登って行きます。
結構な勾配の道でしたが、なんとか降りずに登りきりました。
「ついにやってきたなぁ。」 展望台で、自転車も入れて撮影。
展望台から降りて、村内で自転車を転がします。
案内所では、「ここまで来たなら五箇山まで行ってきたらどうや?
ほぼ下りだしもう少しや」 いやぁよくわかってはいるのですよ。
でも、今日の泊まりは高山。ましてこんな時間。今からじゃ真っ暗です。
でも、五箇山も良さそうだなぁ。今度は撮影旅行ということで
自転車を車に積んで走ってくることにしましょう。
平日なのでか、人は思ったほど多くはなくて、いい感じです。
でも、お土産屋もどこも閉店、もしくは閉店作業中でちょっと残念。
どこも花で溢れていて、どこもかしこも撮影ポイントです。
もうちょっと早く着けばよかったのに…。
でも、撮影中ににわか雨が降り出しました。
それもたいそうな降り具合です。
仕方なく、観光案内所で雨宿り。自転車も一緒に雨宿りです。
小一時間も待つうちに、やっと雨は上がったのですが、
今度は寒くてたまりません。
一日、雨に打たれながら走ってきたので
すっかり体が冷えてきたのでしょう。
「これはやばい」と最近できたらしい温泉に入りました。
大人700円でした。ゆっくり浸かって温まり、ちょっと休憩。
外へ出ると、雨は止んでいました。
もう少し、撮影をしてみたのですが、あまりに暗すぎてだめ。
うーむ、温泉に浸かりすぎたかな。
そうこうしているうちに、19時になっていました。
高山へは19:42のバスで行くので、
荻町のバス停前で自販機の明かりをあてにして、自転車をばらしていきます。
なんとか、終了して、バスを待っているとやってきました。
でも、ちょっと大きなマイクロバス程度の大きさです。
トランクもなく、どこに入れるんだ?って感じです。
運転手に相談すると、そのまま車内に持って入って大丈夫ですとのこと。
「えー、だってどなたか乗ってくると…」という僕に
「多分、誰も乗らないと思いますから」とのこと。
大丈夫かなァなんて心配しながら無理やり積み込みました。
自転車は、通路幅一杯で本当に誰も通れません。
運転手に話を聞くと、予約制のバスは大型でトランクもあるのだが
このバスは、普通の路線バスで、
もっぱら高山高校からの帰りの高校生を送ってくるものなのだそうです。
白川郷まで来る時には高校生が乗っているのですが、
帰りはいつも空車のままで帰るのだそうです。
それでも、高校生の通学路を確保するために、白川村から補助が出ており
白川郷の村内を走って子供たちの足となっているのだそうです。
案の定、高山へ着くまで乗客は一人もありませんでした。
というか、ひたすらトンネルを走るので、
バス停さえ白川郷と高山市内以外はほとんどありません。
トンネルが、延々と続き、次に出たときには高山でした。
飛騨の国はかつてはお隣の国府に官がが設けられていました。
飛騨の国は代々京極氏が守護を勤め、そののち守護代の三木氏が治める形となる。
その後、安土桃山時代、金森長近が入国、政を行いました。
町造りも行い、寺町や今に残る古い町並みの三町あたりは金森家の遺産です。
金森氏の改易後は天領となり、代官所が設けられ政治の中心となりました。
飛騨は山ばかりで農作物が乏しく、民衆の生活は豊かではなく、
たびたび一揆が起こりました。いくつもの悲話が今に伝えられています。
寂れていた町も、アンノン族が流行った頃に見直され、
町並みも整えられて小京都として人気のスポットとなっています。
春と秋の高山祭りのときは大勢の人で賑わいます。
さてその高山に着きました。バス料金は2400円。
駅前で自転車を組み立ててホテルに向かいました。
ところが、場所がわからない。携帯で地図を出してよーく見るとすぐそこ。
急な坂を、少し登ったところに高山パークシテイホテルがありました。
ホテルに入ってほっと一息して、
高山ラーメンの”豆天狗”へ行こうと思ったのですが、場所がわからん。
ホテルにあった”るるぶ情報版”を見て探しました。
ところが。7時で閉店。しかたなく、載っていた「桔梗屋」へ行きました。
おいしかったかって?もちろん!だって腹ぺこですもん。
大盛りにしてすっかり満腹。
その、「桔梗屋」ではちょっとハプニングがありました。
店に置いてある”るるぶ”を読みながら、明日のルートを見直しました。
ついでに「高山土産は…お、真っ黒なさるぼぼがある。買わなくっちゃ」などと。
ところがちょっとトイレに立った隙に、別のカウンターの客に取られていました。
おいおい、見るならあっちから自分で持って来いよ。
読みかけだったので、よく事情を話して返してもらいました。
なにせこちらはクタクタで心の余裕がないのです。ご容赦ご容赦。
その後、ちょっと町中をうろうろっとしてホテルに戻りました。
ホテルで風呂に入ろうとしたのですが、先客があって入れず。
しばらく待ってもう一度、見に行ったのですが、やはり駄目。
「まぁ白川郷で温泉に入ってきたからいいか…」とあきらめました。
ベットに寝転がるとバタンすやすや、一瞬で寝てしまいました。
後編に続きます。ぜひ、見てください。↓
http://akio-mtmt.at.webry.info/200909/article_15.html
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